クレームに感謝し、ときに戦う力が人を育てる
お客様からクレームを頂いたとき、それはお客様がまだこちらにサービスを期待している時であると私は考える。最低なサービスを受け最悪の気分で帰ったら、普通もう二度とこんな店と関わりたくないと思うだろう。しかし、お客様はわざわざ悪いところを指摘して教えて下さったのである。それはサービスを提供する側に、「私達はこんなサービスを期待していた。でも実際受けたサービスはこんなだった。次は期待通りのサービスが受けられるといいな。」と思っていることを伝えたかったからではないだろうか。そう、ここから読み取れるように、お客様は「最高のサービスを期待」→「現実は違った」→「でもまた来たい」という期待を持っているのだ。つまりお客様は愛情を持っているのである。この店が好きだから、この場所が好きだから、便利だから、理由は何であれクレームをしたそのお店が好きなのである。そんなお客様が指摘して下さった至らぬ点を改善すれば、クレームを下さったお客様が次回ご来店された時、前回抱かれた不快感以上に喜ばれるのではないだろうか。また、一人のお客様が指摘して下さったおかげで他のお客様に同じ不快を与えずにすむ。
このような愛情のあるクレームはお客様がお店のより発展、向上を願っているからこそ下さるものであり、感謝しなければならないと考える。
しかし、残念だが愛情のないクレームもある。明らかにただ文句をつけているだけ、お詫びとしてのサービス券や割引券などを目的としているお客様もいる。このような悪質なクレームを言うお客様は必ずと言っていいほど「責任者を出せ。」「店長はどこだ。」など上司を出すよう言ってくるのではないだろうか。この場合部下のホスピタリティ精神、サービス精神、名誉のためにもここで戦うのが上司である。戦うとは勝つとか負けるとかではなく、この店がいかに悪質なクレームに屈しない最高のホスピタリティを提供している店であるかをわからせることである。この上司の姿勢こそが部下を育てるのだと私は考える。
以上のことから、愛情あるクレームも悪質なクレームも、サービスを提供する側にはなくてはならないものであると私は考える。
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わかりやすく考えがまとまっていて読みやすくていいですね。僕の文章はぐちゃぐちゃだから(笑
ホスピタリティって面白いですね。僕も興味あるかも。これからも読ませていただきます。